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矢幡洋の犯罪心理学と事件-日々の考察

犯罪事件コメンテーターとしてTVに出ることがあります。社会の出来事や自分の体験を心理学的に考察します。3日に一度、昔、単行本などに書いた少年犯罪分析を連載します。自分で取材した古い事件もあります。他、本家ホムペ・ブログ更新情報も告知します。

「元の世界に戻して」被虐待児は成長した後、解離障害に襲われる。その後・・・この部分は8月31日までネット上で無料立ち読みできます!
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連載少年犯罪検証013京都「ゴスロリへの転身、射られた馬」弐

連載少年犯罪検証京都「ゴスロリへの転身、射られた馬」弐

京都16歳少女手斧父親警官殺害事件

最初は剣道部に入部したが、あまりうまくなく、誰とも打ち解けようとしなかっ

た。2年になってから急に練習を休み始め、ますます周囲と険悪になって退部し

ていった。

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 勉強への意欲が低下し、成績も落ちていった。授業中にもよく落書きをしてい

た。「教室で女友達が普通に使う言葉に訳の分からないキレ方をしていた」とい

う。

 次に美術部に入って副部長となり、同人誌のまねごとをしたりして、少数なが

ら友人を作ることができた。

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 交友関係は狭かったが、文化祭の演劇の時には立候補して魔女役を巧みに演じ

た。

 だが、エキセントリックな服装をするようになる。顔の両サイドの髪だけを長

く伸ばし、前髪を短く切りそろえた(逆に、前髪だけを長くして後ろ髪を刈り上

げた髪形にしたこともあり「もみ上げ」とあだ名された)。中学2年のころから、

黒ずくめのゴスロリファッションを好んでいた。

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 猫のぬいぐるみを作って学校に持ってきたことがあったが、その腕の部分に本

物のカッターナイフの刃をテープで巻きつけており、口の部分は血を吐いたかの

ように奇妙に塗られていたのを、周囲に「かわいいでしょう」と見せてまわり、

周囲はみんなひいていた、という。

 中学校の卒業文書には「私的3年間人生論」と題した文章を書き、そこには

「毎日が面倒くさいなりに楽しかったです。多分目が黒いうちの中でいちばん楽

しい一年だったと思います」などの奇妙な文章を書いている。他には「勉強は大

嫌い」「遅れを取り戻そうと頑張るのですがなかなかうまくいきません」「もう

後がありません」と勉強の遅れのことを書いていた」とし、将来の希望とし「漫

画家か家政婦」としている。この文集に写真で載せた自作イラストは、真ん中に

巨大な矢に射抜かれてひざまずく馬、真っ黒い地面には丸い光が差し、背景は夕

暮れの海と空という奇妙なものであった。

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 奈良市の芸術系専修学校に進んでイラストやアニメを学ぶ。膝上まである白黒

しましまのハイソックスをはくようになり、中学校時代の彼女を知る人からは

「ゴスロリ系になった」と驚かせる。

連載少年犯罪検証012京都「女子高生の事件の概要」壱

連載少年犯罪検証京都「女子高生の事件の概要」壱

京都16歳少女手斧父親警官殺害事件

 平成19年9月18時午後4時40分ごろ、京都府境田辺市で京都府警察南署

交通課巡査部長(45歳)宅から「夫が首を切って自殺した」という通報があっ

た。

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 二階の寝室で下着姿の父親の遺体は、首に2度にわたり深く切りつけられてい

た。後日の供述では、「一度斧を振り下ろしても、まだ息の音が聞こえたのでも

う一度やった」としている。他にも顔付近に4カ所の傷があった。母親・長女・

次女が呆然として手を握りあっており、5時15分次女が犯行を認めたため緊急

逮捕された。長さ30センチ、刃渡り11センチの斧が凶器であった。

 報道された証言によれば、16歳の次女は、小学校までは、明るく運動もでき

よく外で遊んでいたという。だが、実際には、高学年のころから気性の激しさが

あらわになっていた。小学校5年生の時にクラスが男児と女児に分かれて口論に

なったとき、真っ先に手を出して蹴りあげられた男児が泣きだし、担任から叱責

されたことがあった。自分より年下の生徒から姓を読み間違えただけでヒステリ

ックに怒鳴っていた。周囲に前後の脈絡なく睨みつけることがあったらしく、相

手から反発されると語気荒く怒鳴り返した。翌年には10相手に手掛かりに取っ

組み合いの喧嘩をしていた、という。また、一種早熟だったのか、同級生のなか

ではじめて「彼氏」ができた。休み時間・放課後に二人きりになっていたりした

という。一説によれば、別々の中学校に進学することになり、卒業の日に恋心を

打ち明けたがふられてしまった、ともいう。家庭に関しては、小学校高学年頃に

「父親に叩かれたり髪をひっぱられたりしたことがある。お母さんは好きだけど、

お父さんは嫌い」と述べていた。

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 だが、中学に入ってから性格が変化を見せ始める。一転しておとなしく目立た

なくなった。「陰キャラ」と周囲から見なされていた。いつも何か耐えているよ

うな感じで、配られるプリントには頻繁に少女漫画のイラスト描いていた、とい

う。アニメにはまってコスプレもし、オタクっぽくなっていたらしい。

更新のお知らせ「19年ぶり自閉症診断基準の大改定 | 日本の大御所たちの6つの大嘘」

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カントとイラスト、こんな激レア犯罪者がいただろうか | 岡山女児監禁事件藤原容疑者を解明する

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(写真は事件と無関係なイメージです)

みんな忘れてしまったのだろうか、あの孤独で奇妙な犯罪を

  岡山倉敷市女児監禁事件の藤原容疑者は、私にとっては、忘れがたい犯罪者だ。私は、藤原容疑者は激レアだと思っている。つまり、私は藤原容疑者は回避性パーソナリティー障害に近いと思っていて、そして、このタイプが犯罪を起こすなど、初めて聞いた事件なのだ。 


  藤原容疑者は、回避性パーソナリティー障害・ ・ ・という仮定が成立しなければ、私の読みはすべて崩れることになる。だが、犯罪報道に関心がある人なら、藤原容疑者があまり犯罪を起こしそうもない人物だという印象はもたれたのではないだろうか。

物静かな態度の背後に他人への激しい憧れ

  それは、 「カントを愛していた」ということでは無い。この人物が、孤独癖を持っていたこと、そしてその反面、他人との出会いに対する激しい憧れを内に秘めていた、と見られることである。


  まず、 20代の藤原容疑者を知る友人たちが証言している「物静かで、目立たない」と言う佇い。交友関係が少なく、無口。

無口無表情な人には二つのタイプがある

  さて、このような「 1人でいる時が1番ほっとする」孤独を愛するタイプは、さらに2つに分かれる。 1つは、根っから人間に興味がないシゾイド・パーソナリティーであり、もう一つは、 「実は、他人との出会いを切実に求めているが、傷つくことが怖くて距離をとっている」回避性パーソナリティーである。私は、このタイプの本質は「シャイネス」であると思う。


  2つ孤独タイプのどちらかと言うと、私には、回避性パーソナリティの方だという気がしてならない。まず、被害者少女に「一目惚れ」したということ。 「理想の女性に仕立てたい」と思ったという事。警察が踏み込んだ時に少女のことを「妻」と呼んだこと。


 これらを見ると、藤原容疑者は、他人との関係を切実に求めていた、と考えたほうがいいだろう。

 

回避性性格者の人間関係の小道具-彼の場合はイラスト


  私の持論なのだが、回避性パーソナリティは、 「下手に相手に近づけば、傷つくに決まっている」と言う低い自己評価を持っている。そのため、間接的な対人関係の小道具を得意とするようになる。高校時代の藤原容疑者は、クラスメートに頼まれて、相手のイラストを描いてやったりしたそうだ。まさに、 「相手と直接接近するのが怖いので、 『相手のイラストを描いてやる』ことによって接触した」という傷つきやすいけれど他人との関わりは持ちたいという人物の間接的交流である。

生身の相手とはやはりうまくゆかなかった


  シャイネスらしく、周囲の大学院生が就職を決めて行くのに自分1人が決まらない事を恥ずかしがり、いつの間にか単位修得の上で退学という形をとっていた。詳細は不明だが、藤原容疑者は30歳でいちど離婚を経験している。やはり、生身の人間と至近距離でやっていくということになると、うまくいかなかったのだろう。


  それから先は、まさに、組織などの人間関係から逃れられなくなってしまう場所を避けるような孤独な道筋をたどっている。家庭教師、宿直室に寝泊まりする学校警備員、そして一人暮らしのイラストレーター。 


  孤独な生活はどれぐらい続いたのだろうか。それでも、 「他者との出会い」に対する憧れを断つことはできない。理想とする少女のイラストを部屋中に飾っていた。ミロンは、回避性パーソナリティーは、他人との関係にプレッシャーを感じるため、対人関係への憧れを内的なファンタジーの中で表現しがちである、としているが、まさにそれであろう。周辺の住民から不審に思われるほど孤立した生活を送りながら、孤独な内面の中では活発な活動が続いていた。ミロンは、このタイプを、最も芸術家気質としているが、確かに思い当たる。

「傷つけてこない相手に育てよう」という幻想的動機

  年齢もそこそこになってしまった。そして、孤独だ。異性は欲しい。だが、手痛い失敗の記憶がある。ここで、藤原容疑者の解決方法はとんでもないほうに行ってしまう。生身の人間とでは傷ついてしまうのであれば、そのような摩擦が全く生じないような女性に育てるために少女時代から相手を育成すれば良い。

前後の断絶の大きさが謎


  僕は、こんなふうに理解できるのではないかと思っている。だが、どうしてもわからないのは、藤原容疑者が、少女を監禁した後、一体どうやって少女が成長するまで独占状態を続けることができるなどという非現実的な発想に走ってしまったのか、ということである。 「内的ファンタジーの世界に埋没しすぎて、現実検討力が低くなっていたのだ」という解釈は必ずしも当てはまらない。少女を拉致するまでは、拙劣なところは見せながらも、それなりの計画性を見せているからだ。


  この断絶についてはうまく説明できないのだが、藤原容疑者は「回避性性格者の珍しい犯罪事件」として僕の記憶に残りそうだ。もちろん、少女監禁というような行為が許しがたいものであるにせよ。

東大大学院夏期入試試験(修士)合格しました

 14時2次試験合格発表予定の今日はネットで確認しようと思いました(一次試験はわざわざ本郷まで行ったら、ちょうど番号掲示板が校舎玄関に運び出されるところだった。番号を確認して帰る時に不覚にも嗚咽した。初めて自分がアカデミズムから認められたような気がした)。


 やっぱり自分の目で見た方が・・・という気もあったが、長女の英語の五文型のところを見ているうちに、もう今から出発しても遅いという時間になっていた。


 妻と長女が昼食の準備を始めていた。もう、ネットで合否発表を確認するしかない。15分ぐらい前からパソコンの前に座っていたかな。昼過ぎから確認しているが、もちろん、まだ出ていない。14時に本郷で掲示と同時にネット発表されることになっている。


 某専攻大学院「ニュース」ページに出ると思うのだが、何度もページ更新しても発表は現れない。何度か「落ちてたら、がっかりするだろうなぁー」という気が起こる。受験票を確かめたり。こういう時は気を紛らわせた方がいいと思って、ホムペをいじってみたり。それではっと気がつくと、数分経っていたりする。「うどんできたよ」って妻が言うので、「うん、すぐ食べるから」とおざなりに答える。


 14時になった。ページを更新したが、出てこない。もう一度更新すると、ページが現れるまで時間がかかる。ぎくりとする-来た。


 PDFを開いた。○○コース合格者の番号をどんどんページを下げていって、××コースの下の方に、あっさり受験番号があった。


 あっ、あったのね。って感じ。


 しばらく静かな時間があって、「あー、受かっちゃったんだなー」とそれでも自分の人生で一つのラインを超えたふわりとした感じ。静かなものだったけどね。


 あとは、長女と向かい合って何事もなく麺をすする。「温かい汁がいいの?お父さんは冷たいつるつるしたのが好きだな」というが、長女は近所のショッピングセンターの無料ライブに向かう。家族は、僕が密かに受験していたことも知らない。

 

 

(付記:ちなみに、過去、いろいろ紆余曲折ありまして)

身をひるがえし、鍵を差し込もうとして何度か失敗し、ようやく閉鎖病棟のドアを開け、階段を駆け下り、待合室を一気に駆け抜けた。不気味な建物内部から飛び出すと、そこは目も眩む日射しに満ちた病院玄関であった。誰も手入れをしなくなった亜熱帯の植物が伸び放題にあたりを囲んでいた。
敗残のあと

1989年8月、僕はトラックいっぱいに家財を積み込んで、名護から首里の安アパートに移った。近所にはほとんど店らしい店もない。どうやら家賃に見合った人々が住む一帯のようだった。半年間の失業手当。その後僕は、博愛病院や田本クリニックなどの精神科に非常勤の勤務先を見つけた。更に、近畿大学豊岡短期大学の通信教育のスクーリングの講師の職にありついた。2年間、何とか生活してゆける収入が得られるようになったが、先の展望は見えなかった。

・・・明治生命厚生事業団体力医学研究所。心理学科卒業の僕は門外漢だが、そこは父の縁故が通じた。

入所してみると、研究所は、本社と何か関連性がある研究テーマに協同して取り組むというわけでもなく、それぞれの研究員が自分の興味で勝手な研究を進めていた。それでも体力医学研究所研究員である限り、何か体育的なことに関係があることを研究テーマにしなければならない。苦慮したあげく、ダンスセラピーを選んだ。欧米では身体表現を使ったセラピーの学会が存在していたが、日本には紹介されていなかった。時たま海外からダンスセラピーの講師が招かれてワークショップをやっていたので、何とか幾つかのハウツーだけは学んだ。研究所では、年に何回か学会で研究発表をすることが義務づけられていた。だが、勉強を始めただけで、発表できるほどのデーターの蓄積はなかった。

矢幡洋著・『病み上がりの夜空に』 【第4回】僕の章―廃墟(その1)---布は、波や花吹雪、あるいは寒色の炎となり、美しく旋回した。その中心にジーパン姿の女性がいた。 | 立ち読み電子図書館 | 現代ビジネス [講談社]

 

ASKA被告初公判が真の動機を明かした | 人気が二つのものに手を出させた?

 抗弁しなかったのはかっこつけだったのでは?

  CHAGE and ASKAのASKA( 本名宮崎重明)被告を公判が今日行われました。ASKAは起訴事実に関して争わず、「何か言いたいことはありますか」「ないです」「いずれも間違いがないと聞いていいですか」「はい」という最短の言葉で容疑を全面的に認めて終わりました。弁解する姿を一切見せたくないというかっこつけだったんじゃないかと思います。以下の解釈でそれは説明できていると思います。

過去のエピソードを調べてみたら、けっこう自己愛的

 私自身が、何曲かお気に入りのASKAの作詞作曲があったこともあり、今回の経緯を踏まえると 「一体、どういう人だったのだろう?」と言う思いをぬぐえないでいました。


 ASKA被告逮捕後、疑惑が持ち上がる以前から、彼の人間性を伝える情報を集めてみた結果、私は、自己愛性人格障害を疑うようになりました。


 自己愛性人格障害とは「自分に対して過大評価している」 「自分は特別扱いされるのが当然だと思っている」 「自分のことに夢中で、他人に対しては共感性に乏しい」などを特徴としています。


かつてのASKA被告の言動の中で、私がそれを最も強く感じたのは次のようなエピソードです。


『ASKAさん、シークレットブーツ履いてるんだよね。背が低いのがコンプレックスだからさ、歌い方もそうだけど、自分を大きく見せようとしているの。それで自分よりも背が低いCHAGEさんと組んだっていう噂もあるくらいだからね』アサ芸+
 元芸能関係者が語るエピソードです。これを見ると、ASKA被告は、決して自然体の人ではありません。 「他人に劣って見られたくない」と言う気持ちの強い人です。

作詞にも自己愛の強さが表れている

 さらに、今年フアン限定で発表されたという『Bee Free 』 。目立たないところに「僕は・・・輝きばかりを求めて歩いているのに」と言う台詞があります。これは、 「栄光を求めて人生を進んでいる」と言う意味だと思います。つまり、上昇志向が強く、栄光を目指すという自己中心的な一面が見て取れます。

やはり見た目気にする人か

  さらに、この詩のなかには「心の見張り立たせてどんな夢にたどり着けるのか」と言う表現もあります。ここでもやはり、 「夢」というポエムな言葉が使われてはいますが、実質的には上昇志向を示しているように思われます。自己愛性人格障害は、他人からの賞賛を求め、他人の印象をコントロールしようとします-つまり、自分自身の言葉・ルックス・パフォーマンスを常にコントロールしなければなりません。 「心の見張り」というのは過剰な自己チェックを指しているのでしょうか。

「人気低下のストレスを晴らすため」ではなかったことが明らかに

 自己愛性人格障害を背景とすると、 「プライドが異様に高いASKAは、絶頂期を過ぎて人気が低下していくことを人一倍ストレスに感じ、それを紛らわそうとして覚醒剤に手を出した」と言う説明も過去ありました。 。しかしそうではありません。平成5年 200万枚を超えるヒットを記録した「YAH YAH YAH」を発表しています。今回の公判では、検察官は「平成6年ごろ、英国内でMDMAを使用し、遅くとも平成22年以降には、複数の氏名不詳の密売人から覚醒剤を購入し、“あぶり”などで繰り返し使用していました」と指摘していました。 すると、 「絶頂期において『俺は、どんなことでもできる 』という全能感が歯止めが効かなくなり、自己愛性人格障害特有の『俺は特別な人間なんだから、世間ルールに縛られる必要は無い』という「特別扱いされるのは当然」というおごりから調子付いて違法行為に走ったとするのが穏当でしょう。

クスリを使った女性ハンターだった可能性

  しかし、逮捕後に次々に明るみに出されたASKA被告の複数の女性との関係から、別の解釈ができる可能性もあります。


 1部の週刊誌で指摘されていた、 「 ASKA被告の覚せい剤は、人気が衰える以前から行われていたものだ」 と言うことを裏付けることになりました。 再びアサ芸+の記事によれば、  「人気絶頂期にあった90年代後半に、節税対策としてスタジオ名目で購入した一軒家が東京・世田谷区にあるのですが、事務所のスタッフらがASKAが気に入りそうな清楚系の和風美女を呼び寄せて、パーティを開いていた時期があった。参加したことがある知人によると、トイレに行く際にたまたまベッドルームをのぞいてみると、『床にはパイプが転がり、異臭がした』と言っていましたよ」と周囲のスタッフが漏らしていた、ということです。同記事には、元ホステスが「自分の女友達もASKAと関係を持ってしまい、結局別れたが、その時には、ガリガリに痩せ、奇行もあったと覚醒剤に手を出していたかのような証言が書かれています。


 その他、元宝塚のスターで女優の天海祐希もASKAとのあいだの不倫を報道されています。女優の古手川祐子さんとも不倫疑惑が持ち上がっていました。薬物使用疑惑を報じていた「文春」は、22日発売の同誌でASKA被告の長男が小学校5年生の頃からお父さんの部屋にパイプがたくさんあり、変な臭いがすると語っていたことや、長男の家庭教師が「一緒にやらないか」とASKA容疑者から誘われたという話を掲載しています。また、一緒に逮捕された栩内被告は、 「ASKAからは、 『合法的な薬』と説明されており、覚醒剤だったとは知らなかった」と主張しています。


これらの報道を見ると、ASKA被告は、気に入った女性に手当たり次第に声をかけていたのではないか、という疑問を感じます。

「女を次々に征服して自己満足」はナルシストの一種

  これらの、女グセの悪さもまた、自己愛性人格障害で説明できる部分があります。ミロンは、この人格障害のサブタイプとして「ハンター・タイプ」つまり女性を口説きまくる男をあげています。彼らにとっては、 「女性を征服し得た」と言うことが、ことのほか「俺ってモテモテ」という自己愛を満足させるものなのだ、と言うわけです。

クスリは女性ハントのためのツールだったのか?

  最初から、 「モテる自分」を証明するために女性を口説き落としセックスすることに執着しており、当初、覚醒剤はハンティングを実現するための「ツール」に過ぎなかった、という見方も成立するかもしれません。


 以上、本日の公判から明らかになった事は、ASKA被告は、 「人気下降や創作の行き詰まりからストレス解消のために覚醒剤に手を出した」ということではなく、 「自分には何でもできる、すべてが許される、女だって思い通りに出来る」と言うおごりの勢いから覚醒剤に手を出した、とみることができそうです。

こういう人、けっこういませんか?「立派な俺には何でも許されている」

 もちろん、僕の見方が絶対というわけではありません。実は、以上の推論は、過去に会ったことがあるある人物のイメージが影響しています。

院長は僕が近づいてくるのに気がつき、虚を突かれた表情を見せた。「精神医療革命」「西洋医学と東洋医学の融合」などとスローガンを並べたがる格好つけ男が目の前で慌てて立ち上がる。

「解雇、撤回してくださいよ」
「やかましい」

院長はライオンよろしく、ひげを伸ばしていた。僕はそこに口づけするほど顔を間近に寄せた。「昔、医局解体闘争で火炎瓶を投げた」などと喧嘩自慢する奴に限って、中身は弱いのだ。

「は?なんて仰ったんですか?もう一度聞かせてください」

院長は立ち上がって後ずさりした。そして喚いた。

「あっちへ行け!」

矢幡洋著・『病み上がりの夜空に』 【第4回】僕の章―廃墟(その1)---布は、波や花吹雪、あるいは寒色の炎となり、美しく旋回した。その中心にジーパン姿の女性がいた。 | 立ち読み電子図書館 | 現代ビジネス [講談社]

  ええ、美しい言葉を並べる自分が大好きな男と間近でやりあったことがあるんです。そして、この人物の女性関係も・・・ここらへんで止めておきましょう。