連載少年犯罪検証004長崎「一匹狼が存在できない女児世界」4
連載少年犯罪検証長崎「一匹狼が存在できない女児世界」肆
長崎佐世保女子児童同級生殺害事件
では、約15年前の加虐的な女児とA子とは何が違ったのか−変わったのは、
周囲の人間関係である。
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妻が担当した女児はほとんど友人らしい友人を持っていなかったようだった。
1年以上にわたる心理療法の中でクラスメートの話題はついに一度も出ることが
なかったのである。女児は「徒競走大会があって、自分は〇位だった」というよ
うな話題を出したのみで(加虐成パーソナリティーの最も根本的な特徴である
「人間関係を、まず競争関係としてとらえ、他人よりも優越することを求める」
という傾向がよく表れている)、そんな話題もごくまれであった。
一方で、A子は、3名ほどの友人グループの一員であったようである。
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十数年前の女児の場合、クラスの中で「孤立した存在」として生息することを
許される余地があった。だが、現代の女子生徒たちの世界にはそのような余地が
ほとんど残っていないようである。
今回の事件報道で女子生徒たちのグループ世界についていくつかのメディアがレ
ポートしていたが、それは私をいささか驚かせるものであった。たとえば、小学
校6年生の女児の携帯に1日に数回グループ友達からのメールが入り、10分以
内にメールを返さないと「返事遅い!」というメールが返ってくる・・・女子中
学生によれば「いっしょにトイレに行くのは当たり前」・・・私が本誌で考察し
た綿矢りさ『蹴りたい背中』では主人公の女子高校生を除いたクラスの全女子高
生はいずれかの友達グループに属している・・・
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私にもある女子大学生とこんなやりとりをした記憶がある―彼女は女性が数える
ほどしかいない学部に入っていて、たった一つしかない女性グループに入るか、
1匹狼になるかの選択肢しかない。だが、その女性グループは一人が立ち去った
途端にその人の悪口を言い合い始める、というグループであり、そこで周囲と調
子を合わせていくことにストレスを蓄積し精神症状が顕在化していたのである。
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「そのグループから距離をとることは検討してみましたか?」と私が問うと、彼
女は言下に「考えられません!」と悲鳴に近い声をあげた。「どこのグループに
も属していない、と言うのは絶対に嫌です。物心ついたころから、そんな目には
あったことがありません」―彼女にとっては、「どこのグループにも属していな
い」ということは想像することすら恐怖となるような絶対に起こってはならない
ことのようであった。