読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

矢幡洋の犯罪心理学と事件-日々の考察

犯罪事件コメンテーターとしてTVに出ることがあります。社会の出来事や自分の体験を心理学的に考察します。3日に一度、昔、単行本などに書いた少年犯罪分析を連載します。自分で取材した古い事件もあります。他、本家ホムペ・ブログ更新情報も告知します。

「元の世界に戻して」被虐待児は成長した後、解離障害に襲われる。その後・・・この部分は8月31日までネット上で無料立ち読みできます!
もし元不登校児の娘が自閉症だったら
「ママなんか死んじゃえ」衝撃の著者家族ノンフィクション!   

愛媛伊予市17歳少女遺体発見事件| 被害者は制裁に甘んじていたのかも知れない、アイデンティティーを求めて

 

f:id:yahatayo:20140818033015j:plain

 こういう情報初期段階のコメントって奴は・・・

 僕は、昨夜テレビ局でVTR収録を行った。 「愛媛伊予市17歳少女遺体発見事件」の事である。まだ、詳しい情報がほとんどない。ディレクターさんとしては、 「殺害された少女は、なぜ逃げなかったのか」ということのコメントが欲しいという。とりあえず、 「学習性無力症」 「DVなどに見られるアメとムチの使い分け」などということも言ってみたが、僕が1番可能性として考えてみたかった事は「殺害された大野さん自身が加害者 一家の家にいることを望んだのではないか」と言う線だった。


 事前にお断りしておくが、こういう最初期段階の報道でのわずかな情報に頼ったコメントは、大きく違っていることが多い。この段階で、論理的に考えていけば、 「そういうことも言えない事はないだろう」と言う程度の代物でしかない。

 

学校で:家庭で・・・もしアイデンティティーが得られなかったら


  例としては、少々古くなってしまう。とりあえず、こんなことを考えてほしい。学校でまるでうだつの上がらない生徒がいる。勉強面では落ちこぼれている。教 師の覚えもよくない。体育もからきしだめ。仲間からも認められていない。家に帰っても、無視されるか、せいぜいたまに罵声を浴びせられるだけ。どこからも 認められない。 「英語の得意な俺」 「バスケのシュートは得意な僕」というような肯定的なアイデンティティーは得られない。

 

プチ反社会的グループが所属意識とアイデンティティーを与えてくれる


 そこで、暴力団とつながりのあるパシリの愚連隊グループに入る。全てが一変する。 「お前は、なかなか見所がある」 「いつか、すごい男になるぞ」 ・ ・ ・愚連隊グループも、人手不足で、リクルートに必死なのだ。生まれて初めてほめられる。

 「もしかしたら、俺は、いっぱしの男なのかもしれない」 ・ ・ ・そう思って、グループの一員として街をのし歩くと、明らかに周囲はびびっている。父親や教師に似たようないい年のおっさんがこそこそと道を避けて通る。

否定的あるいは対抗的アイデンティティー

  さて、彼は学校に行くだろうか。家に帰るだろうか。いや、むしろ愚連隊グループと一緒にいることを好むことだろう。なぜなら、そのグループで初めて彼は居 場所を見出し、居心地の良さを感じることだからだ。周りの仲間たちは言う。 「俺たちは、社会のはぐれ者だ」 ・・・そして、みんなでお揃いの黒のジャージを着るようになるかもしれない。髑髏のバッチをつけるようになるかもしれない。 ・ ・ ・要するに、この非行グループに入ることによって、初めて彼はアイデンティティーを獲得したのだ。 「社会からつまはじきにされ、社会のルールに反抗するもの」と言う対抗アイデンティティー、否定的アイデンティティーかもしれないが。ともかくも、その非 行グループは「彼が、何者であるのか」と言う事を定義してくれて、しかも同じようなものが他にいるということでそのアイデンティティーを補強してくれる。

 

プチ反社会的グループはしばしば厳しいルールと制裁を持つ

  もちろん、そのようなプチ反社会的グループの中にも、厳しいルールがある。仲間の前で万引きをしてきて勇気なるところを見せなければならないかもしれな い。先輩の命令に従って即座にパシリをしなければ殴られるかもしれない。ひょっとしたら、こういうプチ反社会的グループの制裁は、学校や家庭でのペナル ティーよりもはるかに厳しい場合がある。だが彼はそれに耐えてしまう。厳しい制裁があるからこそ、このプチ反社会的グループへの入団(イニシエーション) は堅固な凝集性を感じさせる。彼は、喜んで、ときにはそのペナルティーを受けながら、この集団の厳しいルールを身につけようとしてしまうのだ。

ようやく見つけた居場所

  僕は、亡くなられた大野さんの身に起こった事はある程度これに近かったのではないかと想像している。最初は仲が良かった、と言われている。昼夜逆転で騒ぎ まくり、夜中の花火で団地のルールを破り、朝起きれば何者にも規制されない生活が待っている。確かに、社会の中から落ちこぼれたグループだ。だが、居心地 がよく、 「はぐれ者」と言うアイデンティティーを与えてくれる仲間たちだった。


 多くのプチ反社会的グループと同じように、グループの中にヒエラルキーがあった。女の3人の子供は1番上、男の友人たちはその次、居候の女の子達が最下層というピラミッドが。

集団内力関係の変化

  1人の女の子が、このグループから立ち去っていたという。おそらくヒエラルキーの最下層の扱い(子供の保育、家事全般)を押しつけられることに我慢ができ なかったのだろう。まったくの仮定であるが、これをきっかけとして、次の離脱者を恐れての制裁が厳しくなったのかもしれない。あるいは、単に「最下層」の 1人が居なくなってから、大野さんにその役がまわってきたのかもしれない。

制裁を受けても居場所とアイデンティティーが欲しかったのか?

 だが、大野さんは、不当な制裁を受けても、そのグルー プを抜け出すことができなかった。彼女にとっては、その制裁に耐えることが、グループの正規メンバーとして認められるただ1つの方法として感じられていた のかもしれない。言い換えれば、多少の痛い目にあっても、 「落ちこぼれグループの一員」と言うアイデンティティーを手放すことができなかった。


 大野さんに対する制裁は、集団が暴力に酔ったような状態になって次第にエスカレートしてゆく。そして、誰もが予想していなかった時に、彼女の若い命は終わっていた。

「いなくてもよかった」少女の悲劇

  現在のところ、これは僕の中での幻想に過ぎない。大野さんのこれまでの経歴によって、いずれ真偽は明らかになるであろう。ただ、収録から家に戻ってみて、 僕は彼女の両親が彼女が家から出て行った相当後になって事情を聴いた警察の勧めで初めて捜索届けを出した、という事実を知った。彼女は、それまで 「いてもいなくてもいい存在」として扱われていたのかもしれないと思って、胸がいたんだ。