矢幡洋の犯罪心理学と事件-日々の考察

犯罪事件コメンテーターとしてTVに出ることがあります。社会の出来事や自分の体験を心理学的に考察します。3日に一度、昔、単行本などに書いた少年犯罪分析を連載します。自分で取材した古い事件もあります。他、本家ホムペ・ブログ更新情報も告知します。

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故笹井氏と小保方さんは男と女の関係だったのか | 遺書を読み解く

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「組織の人」にとっての異性

 

 故笹井氏と小保方さんは、不適切な「男と女」の関係にあったのではないか-マスコミの中では、そのような疑惑すら持ち上がっていた。今回、故笹井氏が小保方さんにあてた遺書の1部が公開され、 2人の間のメールの1部が明らかになっている。心理屋の僕には、STAP細胞がどういうものなのか、理研がどういう組織なのか、正確に説明するほどの知識すらない。心理屋のさがとして興味をそそられるのは、あくまで2人の人間の、それも男と女の間の関係性のあり方である。下世話な関心だと言われればそれまでのことだ。だが、僕が考えた事は、古き良き日本人タイプ-「責任感と組織の人」に取って、女性と言う存在が何でありうるのか、と言うことの多少の示唆にはなるかもしれない。

 

男と女の関係だったのか

 

 ズバリ、問おう。故笹井氏と小保方さんは、男と女の関係にあったのか。残っているきわめて少ない断片的な材料から判断する限り、 「違う」というのが僕の答えである。 7月27日「NHKスペシャル」で2人の間に交わされていたメールの内容というのはこうである。

 


「小保方さん本日なのですが、東京は雪で、寒々しております。小保方さんとこうして論文準備ができるのを、とてもうれしく思います」


「また近いうちにご相談にうかがわせていただけないでしょうか」


 心理学以前の常識的判断で申し訳ないが、このメールのやりとりは、恋する男女の間のものとしては、あまりにも儀礼的で堅苦しいものではないだろうか。せめて、もっと砕けた口調になるであろう。

 

男女の関係を疑われたことは相当な痛手になってしまったのでは

 

 NHKの7月27日の検証報道では、このメールでのやりとりが男性ナレーターと女性ナレーターとの会話という形で公開されたが、あたかも「不適切な関係にある」という印象を意図的にあたえようとするかのような内容だったことが指摘されている。

 故笠井氏が周囲に愚痴をこぼしていた、という証言はあまりない。この放送内容に関しては、珍しく怒りをこめた発言をしていたようだ。

 これは、内部から NHKにリークされたのではないかということを 故笠井氏は疑っていたようで、「裏切られた」と発言していたそうだ。また「このような内容をまとめた非難メールが来た」と記者にこぼしていたということだが、男女の関係を疑われるということは非常に心外だったのだろう。

 組織へのロイヤリティーが高い笠井氏にとっては、その組織の内部で悪意の情報提供者があったということは心外なことだったのだろう。また、この時期から心療内科通院など、急速に鬱状態に傾いていったという証言もあり、非常な打撃になったのかもしれない。会談での首つりという自死の選び方は、この「裏切り」に対する「抗議」だったという記事が配信されているのを見たが、私はあくまで「組織に直接的な迷惑をなるべくかけたくない」という気持ちだったのだろうと思う。

 ただ、故笹井氏にとって、小保方さんに対する思いは、やましさを疑われたくない、とても大切なものだったのだろう。

 

 

業務の中での親密感


  一方で、同時に故笹井氏の「小保方さんとこうして論文準備ができるのを、とてもうれしく思います」というような感情の表明は、単なる事務的な段取りの連絡には似つかわしくないことも事実である。そこで、僕の仮説を早々に言ってしまおう。故笹井氏と小保方さんの間には、通常の男と女の関係はなかった。それでも、甘美な親密さが取り巻いていた。だがそれは、 「論文の準備をする」 「共同研究をする」というような、あくまでも「業務上の関係」の枠の中で貫かれるという節度の中にあった。

 

「仕事仲間」という制限の中で

 

 このような関係は、僕たちの身の回りで、必ずしも珍しいものでは無い。男と女が互いに好意を持っている。だが、プライベートな場所での密会はなかった。故笹井氏は小保方さんの隣に座って論文執筆の指導をすることもあったという。やっていることは、あくまで組織の業務だ。だが、交わす言葉に温かみがこもる。ふとしたはずみに視線と視線が合い、互いに好意を持っていることを2人とも承知している。誰しもこのような「共同作業という枠の中での好意」と言う経験は1度ぐらいはあるのではないだろうか。そして、両者が「この関係は、決して男女の恋愛関係に発展することは無い」と言う暗黙の了解の上に立っていることを強く認識している、と言う関係を。

 

シンデレラという立ち位置

 

 忘れてはならないのは、両者は決して対等な関係ではなかった、と言うことだ。完全に故笹井氏が優位に立ち、小保方さんは相手を見上げる立ち位置にあった。 1種の師弟関係でもあるが、それを超えて、強い故笹井氏が弱い小保方さんを庇護する関係であったということだ。 2人の関係が疑われるきっかけとなった言葉に、故笹井氏が小保方さんを「僕のシンデレラ」と呼んでいた、と言うこともある。だがシンデレラは、継母のもとで家の中で最も立場が低い雑用係だったのであり、妖精の助力によって王子様からその真価を見いだされる存在である。サファイア姫でもアリエルでもない。笹井氏の釈明会見の時、小保方さんは「尊敬する笹井先生が私の過ちのために会見で厳しい質問にお答えになっている」と号泣したという。この言葉でも、小保方さんの自らの位置づけは「不肖の弟子」である。ただし、師の苦境を見て号泣するほどの思い入れがあった。

 

庇護者という立ち位置

 

 ボディーガード役のケビン・コスナーに自らをなぞらえていた 故笹井氏 である。小保方さんを庇護するという決意は強かった。遺書の中の「新しい人生を一歩ずつ歩みなおしてください。きっと きっと」と言う最後の言葉は、 共同研究者にかける励ましの言葉の域を明らかに超えている。端的に、故笹井氏は小保方さんの今後の人生を見守る心境にあった-端的に言って、 「相手の幸福を心から願っていた」 。

 

 「笹井ガールズ」-それはないのでは

 

 故笹井氏は、 「ノーベル賞学者山中教授に嫉妬心を持ち、多数の華やかな女性研究者を活躍させることによって、巻き返しを図っていた」なるストーリーがあった。だがこれは、芸能界の取材になれたマスコミの発想に過ぎないだろう。 「あとから追ってきたものに追い越されたものは、強い嫉妬心を感じる」は極めて通俗的な人間観に過ぎないし、天下の理研は芸能事務所とは違う。別に新女性アイドルユニットを結成するなどという方法をとらなくても、 「双璧をなす実力者」と目されてきた故笹井氏はまずは自らの力で山中氏の業績を凌駕することを考えられたはずである。

 

「負い目」の人、気配りの人

 

 故笹井氏は鬱状態にあったのであろうという僕の見立てには変わりは無い。繰り返される謝罪。自分の弱さの告白。相手を1人戦場に残していることの申し訳なさ。 「相手が感じるであろう罪悪感」を予想して「私が先立つのは、私の弱さと甘さのせいです。あなたのせいではありません」「自分をそのことで責めないでください」と先に手を打つ気配りの良さ。これらの他者志向は、抑うつ気質の人達の基本的な特徴を示している。故笹井氏は彼自身が「負い目」を背負う人間であったからこそ、小保方さんにそのような負い目が発生しないようにという気配りをすることができたのだ。

 

単調な人生に舞い降りた蝶

 

 さて、後から先は、地味な解釈から離れて、少し僕の個人的なファンタジーを羽ばたかせて見ることにしよう。


 所属長や事務方に遺書を残していったという故笹井氏である。組織の規律に対する意識の強い組織人であった。釈明会見の場にも「理研の幹部としてきた」と理研のバッジをつけてくるロイヤリティの強い人であった。それだけに、生真面目で堅実だが、 「自分の色」があまり見えない。家にほとんど帰らず研究に没頭していたという故笹井氏である。彼の人生は、職務意識に基づいた無味乾燥な研究者生活ではなかったのだろうか。そこに、小保方さんという華やかな存在が現れた。それまでの単調な人生に天上から舞い降りた艶やかな蝶のような姿とも見えたかもしれない。そのような華やかな香りに初めて出会った故笹井氏には、小保方さんの研究者としての欠点は目に入らず、自分が手塩をかけて大輪の花へと導いて行かなければならないようなかけがえのない存在に見えてしまう。彼が初めて出会った蝶のような存在の弱点を見落としたまま、のめり込んでしまう。

蝶を夢見て

 

 

 「新しい人生を一歩ずつ歩みなおしてください。きっと きっと」と言う遺書を抱いたまま首をつった故笹井氏の末期の眼には、最後まで彼を魅了し続けた小保方さんが幻の蝶の姿のまま輝いていたのかもしれない。